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株式会社
北見ハッカ通商


業種   製造
設立年  1984年
従業員数 40名

創業当初から製造される「ハッカ油」を軸に、世界に向けてハッカ製品を製造販売。着実に積み上げた顧客基盤から、多様化する消費に合わせた巧みな販売戦略により、さらに販売を増加させ、オープンファクトリーとして新たな製造拠点にも積極投資を進める。
15kgの一斗缶から、世界市場へ
弊社はホクレン北見ハッカ工場閉鎖の翌年である1984年に創業しました。当初から「ハッカ油ボトル」を作り、いまも変わらず作り続けています。今でこそ日本全国だけでなく、シンガポールや台湾、香港といった海外市場も含め幅広く事業を展開していますが、創業当時は一斗缶15kgのハッカ原料からボトルを作り、小規模生産から事業はスタートしました。 営業活動は観光地の販売店を回り取引先を増やしていったのですが、当時はハッカ油は原料としての位置付けで一般消費者にはまだまだ浸透しておらず、多くの方に手にとってもらうには非常に厳しい状況でした。 それでも事業を継続していくために、一つ一つの販売店に自ら行き、お客様に直接説明しながらお店を転々としていく、そんな時期が2〜3年続きましたが、百貨店での物産展に参加するようになってからしばらくして、状況が変わっていきました。
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着実な営業活動による市場開拓
道内では観光地の販売店への営業活動に取り組んでいましたが、北海道に来られる観光客の大半は大都市圏からで、そもそもいらっしゃる方々の認知がなければ説明なしにはなかなか売れませんでした。多くの北海道への旅行客が住む関東圏の百貨店での催事への出展は、その後の道内でも購入につながる重要な認知拡大の場でもあり、首都圏での認知が広がることで北海道内でも販売が伸びて行きました。 商品自体の認知が広がる中、お客様の様々なライフスタイルに合わせた用途が定着していき、リピーターも着実に増えていきました。 また、当時の北海道物産展に北海道から直接出展するケースは珍しく、百貨店さんも北海道から直接出展している我々に協力的であったことも、たくさんの物産展に参加できた要因であったと思います。 物産展の開催時期も秋ごろが多かったのですが、物産展が広がっていくにつれ春や夏の開催も増えていき、多くの販売機会をいただくことができました。私も40才の中頃までは現場で売り歩いていたため、多くの時間を出展先で過ごしました。
これまで廃番商品は無し、着実な商品展開と市場展開
ハッカ油から少しずつ商品展開を増やしていますが、市場との直接的なコミュニケーションの中で必要と思われる商品を企画開発してきたことが功を奏してか、これまで一つも廃番商品はありません。一つ一つの商品を、大都市圏で定着させ、認知を高めた上で道内でも販売に繋げていく姿勢が、着実な商品展開に結びついています。 また、観光物産品としての位置付けが強かったハッカ油ですが、近年では利用ケースが多様化しており、お客様のライフスタイルに合わせて購入をいただいています。それにより、観光物産としてでなく、日用雑貨、生活雑貨としての市場にも積極的に展開を進めています。 このような市場拡大は、たくさんの方に直接商品価値をお届けしてきた着実な市場認知が基盤となっていると考えています。最近では、自動車用品店やアウトドア、ドラッグストアや書店での販売など、生活にとけこんだ商品としての位置付けをいただけるようになりましたが、それに合わせ商品の販売も拡大しており、工場の新設など設備投資も積極的に進めています。
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「北見産ハッカ」存続と新たな展開
今後、より多くの機会で製品を使っていただけるよう壁を設けず柔軟な販売展開を進めていく為、「北見産ハッカ」としてのブランド維持についても積極的に投資しています。 かつての北見産ハッカは海外原料や合成原料によって競争力を失い、衰退してしまった経緯がありますが、北見のハッカブランドは根強く残っており、今後も守っていかなければいけません。現代においても北見産ハッカの積極的な産業利用があらためてできないものか北見工業大学とも連携した共同研究を進めており、栽培効率化や品種開発など幅広い観点で研究を進めています。地場原料での差別化も含め、今後のブランド維持につながる取り組みを進めていく他、地域においてもハッカの産業的な知見を広げていくべく、オープンファクトリーとしての工場を新設しました。工場では、実際の生産ラインを見ることができるだけでなく、北見のハッカ産業の歴史をたくさんの人に伝えるギャラリーとしての役割もになっており、市内外から多くの方に見学いただきたいと考えています。 今後も、北見ハッカのブランドを守りながら、永続的な事業を進めていきます。